YOSHIKI  ドラム サイズ.COM

YOSHIKI

ヨシキ
本名:林 佳樹 [はやし よしき]
千葉県館山市出身のミュージシャン
音楽プロデューサー
ドラマー
ピアニスト
ロックバンドX JAPANのリーダーで、ドラムとピアノを担当
また、自身のプロジェクトVIOLET UKを手がけている


X Japan YOSHIKI Drum solo 爆発寸前GIG



X Japan-Crazy Drum solo



yoshiki drum solo



Yoshiki



X-JAPAN THE LAST SONG



X Japan – The Last Song



YOSHIKI 製作中



X JAPAN再結成の真相をYOSHIKIが語る 07/10/22
X JAPAN再結成の真相をYOSHIKIが語る 07/10/22



千葉県館山市の呉服屋の裕福な家庭に二人兄弟の長男として生まれる。
4歳から自宅そばのピアノ教室でピアノのレッスンを受ける。
小学校2年で最初に買ったシューベルトとベートーベンのレコードでクラシック音楽に目覚める。
とりわけベートーベンに対しては、伝記を通じて若くして難聴となりながらも名曲を残した苦難の経歴に強い興味を抱いた。
小学校4年から中学校2年までブラスバンドでトランペットを吹く。
小学校5年の時に母親に頼み連れていってもらったキッスのライブでロックに目覚め、ドラムを始める。
ピアノでの曲作りも小学校4~5年からはじめる。
中学校からキッスやレッド・ツェッペリンのコピーをはじめ、幼少の頃からの友人であったTOSHIと、初めてのバンドDYNAMITE(後のNOISE)を結成する。
高校2年から音大を目指し、本格的にピアノに打ち込む。
また音大受験用のプログラムを通して聴音や和声などの音楽理論を学ぶ。


Xの結成へ
高校2年の夏、TOSHIと同級生とでX(後のX JAPAN)を結成。
バンド・コンテストなどで優勝を重ねる中でバンドとしての可能性を信じ、ピアニストへの道を断つ。
高校を卒業すると、青山レコーディングスクール(当時)入学のためTOSHIと共に上京。
一部のメンバーは卒業と同時にバンドを辞め大学に進学した。


ソロ活動
1991年にバンド活動と掛け持ちでソロ活動を小室哲哉とのユニットV2を結成し開始する。
同年12月18日の東京ベイNKホールでV2のライブ「V2 SPECIAL LIVE VIRGINITY」開催した。
東芝EMIと1992年に初のソロ契約。
翌年に東芝EMIよりクイーンのロジャー・テイラーと「Foreign Sand」をリリースした。


1997年のX JAPAN解散後
TOSHIとの別れ、X JAPANの解散、HIDEの死と、度重なる不幸で精神的に落ち込んでいたYOSHIKIは2年間、表舞台には一切上がらず、DIR EN GREYや北野井子らのプロデュースを手がけていたが、1999年、天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典で奉祝曲「Anniversary」を御前演奏した際に受けたファンからの歓声が再起のきっかけとなった。


1999年
天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典に奉祝曲「Anniversary」を作曲。オーケストラと共に御前演奏。


2000年
今上天皇主催の春の園遊会に出席。


2002年
コロムビアミュージックエンタテインメントと契約。
9月1日 globeに加入。globeでの活動はマキシシングル「seize the light」のリリースのみである。
のちにYOSHIKIを加えた活動時にはユニット名が「globe extreme」になることを発表。
東京国際フォーラムにて「YOSHIKIシンフォニックコンサート2002 featuring VIOLET UK」開催。
2005年日本国際博覧会(愛知万博)の公式イメージソングを制作することを発表。[4]


2003年
NHKのテレビ放送50周年記念番組「あなたとともに50年 今日はテレビの誕生日」のエンディングテーマ「君だけだから」を作曲。


2004年
avex傘下のaxevとマネジメント契約。
宝塚歌劇花組公演「TAKARAZUKA舞夢!」で使われた「世界の終りの夜に」を作曲。


2005年
愛知万博の開会式において、制作した公式イメージソング「I’LL BE YOUR LOVE」のオーケストラ演奏でタクトを振る。


2006年
4月10日、長編アニメーション映画「ベルサイユのばら」の音楽を担当することを発表。
親交の深いミュージシャンGacktとS.K.I.N.を結成。
8月5日、ボルチモアで開催された東海岸最大のアニメコンベンションイベント「OTAKON 2006」に特別ゲストとして招かれる。


2007年
5月25日、26日にロサンゼルスのウィルターン・シアターで開かれたイベント『J rock festival』を主宰。
9月20日、2008年公開のアメリカ映画「Repo!」の音楽総監督・製作総指揮・主題歌制作を務めることを表明。


2008年
3月11日、日本テレビ開局55年記念ドラマ「東京大空襲」の主題歌として、秋川雅史が歌う「愛する人よ」を製作。
5月、hide memorial summitのオーガナイザーを担当。
9月、日本を皮切りに台湾・香港・タイ・韓国でプロモーション・ツアーを敢行。
9月19日、黒澤明生誕100年祭「AK100 WORLD TOUR」の音楽プロデューサーに就任。


2009年
ズームイン!!SUPERのお天気コーナーに「BLUE SKY HEAVEN」を提供、3月30日から放送[7]。
シャンパン普及の貢献が認められ、シャンパーニュ愛好家団体から「シュヴァリエ」の称号を受ける。
6月25日、親交の深かったマイケル・ジャクソンが死亡。X JAPANの制作運営管理委員会を通じて英語でコメントを送る。驚きとショックでしばらく仕事もままならない状況だったという。


設立レーベル
・EXTASY RECORDS
1986年にXのレコードを出すために設立。後にLUNA SEAやGLAY、ZI:KILLを輩出する一大インディーズレーベルとなる。
・PLATINUM RECORDS
1994年にポリグラムグループとプロデューサー契約を結び設立。GLAYなどがこのレーベルからメジャーデビューした。
・EXTASY JAPAN
2000年にメディアファクトリーの出資を受け設立、イーストウエストジャパン(当時)と流通契約する。
・EXTASY RECORDS INTERNATIONAL
ロサンゼルスにあるエクスタシーレコーディングスタジオの運営会社。2000年にワーナー・ミュージック・グループと流通契約し、レーベルとして始動した(ワーナーグループの日米協業はこれが初)。YOSHIKIのマネージメント業務も兼ねて行っている。
・EXTASY A Music
2008年、「I.V.」全世界同時発売時に設立。


ドラムセット
TAMA
基本的に2バス・2フロア・4タムタムである。
クリスタルモデルとレッドモデルとシルバーモデルの3種類あり、(レッドが前期に、シルバーが後期に使用されていた。)後者2つはライブでよく破壊された。
レコーディングでは、『JEALOUSY』のレコーディングからチタン製シェルのセットを使用していた。
クリスタルモデルはシェルがアクリル製で、かつてはラディック製のもの(レッド・ツェッペリンのジョン・ボーナムが使用していた事で有名)が有名だった。
当時は生産されていなかったが、ライブで『ライトによっては何色にでも光る』という理由でTAMAに作ってもらった。
その後市販もされたが、既出のKAWAIクリスタルピアノと同様に、鳴らない素材の為力を入れて強く叩かないと鳴らないので、2008年の『リズム&ドラム・マガジン』のインタビューで「あのモデルを買った人は大変だと思いますよ。強く叩かないと鳴らないから。」と発言している。
なお、2008年の XJAPAN復活ライブではバスドラムの前面ヘッドのデザインが一新されたクリスタルモデルが使用され、4つのオクタバンと2台のシンセサイザーが新たにセットされた。
スティックの色は黒で、TAMAから「YOSHIKI」のロゴが入ったスティックが販売されている(また本人は使用していないが上位モデルとしてマティロ(滑り止めの塗装)仕様のスティックが販売されている)。
TAMAと契約する前(アルバム『VANISHING VISION』の頃)にはライブではPearlのドラムセットにロートタムをセットして使用していた。
シンバル系は最初はPearlの『WILD』シリーズを使用していたが、後にジルジャンに統一された。


製作機材
Digidesign ProTools
MIDIの打ち込み、及びレコーディングでメインに使用。2002年の「YOSHIKI Symphonic Concert 2002 with Tokyo City Philharmonic Orchestra featuring VIOLET UK」でのVIOLET UKのステージではProControlと共にステージ上でシーケンスを走らせながらパフォーマンスをした。
DOEPFER LMK4
長年マスター・キボードとして使用。ハンマーアクション構造。
SSL ミキサー卓
アメリカ本土最大のミキサー卓を使用。


Extasy Recording Studio
YOSHIKIはアメリカ・ロサンゼルスにレコーディングスタジオを2つ所有している。
* -North
X時代にレコーディングで使用していた、ノースハリウッド・ランカーシム通りにある「One On One Recording」を買い取り、「Extasy Recording Studio North」に改称。「One On One Recording」はメタリカやボン・ジョヴィ、マドンナなど有名アーティストが使っていたが、YOSHIKIがX JAPANや自身のレコーディングでほぼ占有状態にしていた。
X JAPAN「ART OF LIFE」完成時の打ち上げではメンバーがスタジオを破壊。
一部タブロイド紙の地方版にも掲載されるなどアメリカ音楽業界で話題になった。
* -South
ビバリー通りに位置する。前述の「Extasy Records International」と「Extasy Music Publishing」も同じ建物内にある。
両スタジオで使われている、又は所有しているレコーディング機材とキーボードなどの楽器を合わせると10億円を越えるとYOSHIKIは明かした。
また、X JAPANのボーカルTOSHIがX JAPAN復活に向けて、スタジオへ出向いた後、YOSHIKIのスタジオについて「充実度はおそらく世界一です」と自身のホームページで明かした。
マイケル・ジャクソンなど、YOSHIKIと交流のあるミュージシャン達がレコーディングに使用することもある。
また、このスタジオは現在ではあくまでYOSHIKI個人の所有物であるため、たとえX JAPANがレコーディングする時でもメンバーの所属する事務所側がレンタル料を払わなければならない。


持病
・X時代の激しいドラムプレイは、何度もライブの中止・延期を引き起こした。
初期の頃は頭を激しく振りつつ、若さを利用した力任せなプレイで叩いた為、代償として頚椎椎間板ヘルニアや神経循環無力症などを相次いで発症。
これらの症状の為、回復後は首にコルセットを巻いてドラムを叩いていた。
今度倒れたら車椅子生活になると医師から宣告された YOSHIKIは、再発防止のために、首をはじめ全身に筋肉をつけるよう勧められる。
ドラムというパートの特性上、元々筋肉質の体ではあったが、自宅にジムを作ってトレーニングに励んだ結果、見た目が変わるほどにまでに筋肉が強化されている。
・スタジオで過去に長い期間、手首に負担がかかる角度でマスター・キーボードを弾いていたため、慢性的な腱鞘炎になっている。
・極度の不眠症であり、音楽療法の研究もしている。
・幼少の頃は病弱で、喘息持ちであった。


家族関係
・10歳の時に父親が自殺した(享年34)。
「Tears」は、亡き父親を想って書かれた曲である。
・弟は田辺エージェンシー所属の俳優、林光樹である。
・父親の死後は母親の一人手で育てられた。
誕生日ごとに新たな楽器を与えられるなど、音楽に恵まれた環境で子供時代を過ごした。
中学高校と学業優秀であったが、素行が荒れた問題児であった。
しかし家庭ではプロの音楽家を目指し練習に没頭する子供であり、母親はこれに投資を惜しまなかった。
自主制作レーベルEXTASY RECORDS立ち上げに際しても出資し、YOSHIKIの音楽活動を支える強力なスポンサーであった。
・2000年春に今上天皇主催の園遊会に母親と共に出席し、今上天皇より『あなたが(在位十年記念式典で)ピアノを演奏してくれたんですね?』とお声を掛けられた際、「光栄です」と答えていた。
この模様はその後にテレビの皇室番組でオンエアされ、そのときのインタビューでも「(一緒に出席した)母親に親孝行ができた」と語っていた。
ちなみに、参加者は胸にネームプレートを付けていたが、そこには「YOSHIKI」ではなく、本名の「林 佳樹」の名前が記載されていた。
・本人は素行が悪かったというが、学生時代の成績は優秀であるなどやるべきことはやると言っており、以下のエピソードがある。
・中学時代に成績が学年2-3位になった時に髪を赤く染めたが、坊主頭にさせられた。
・仲間と遊びに行ったりするような時でも、ピアノのレッスンがあればピアノのレッスンを優先させる。
・暴走族の集会に出かける時でも、英単語帳等を持参(暴走族のメンバーの間では有名だった)。


ディスコグラフィ
アルバム
・Yoshiki Selection (1991/12/12)(SRCR-8670)
・Eternal Melody (1993/4/21)(TOCT-6994ヒ鰀5)
・Yoshiki Selection II (1996/11/4)(POCH-7004)
・ETERNAL MELODY II (2005/3/23)(COCP-33130ヒ鰀1)
・Repo! (2008/9/30)


シングル
・AMETHYST (1993/11/3)(TODT-3130) ・今を抱きしめて (NOA)(1993/11/3)(FHDF-1329) ・背徳の瞳 ~Eyes of Venus~ (V2)(1992/1/18)(ESDB-3266) ・Foreign Sand (YOSHIKI & ROGER TAYLOR)(1993/6/1)(TODT-3253) ・RAIN (GLAY)(1994/6/1)(PODH-7002) ・moment (西城秀樹)(1997/8/6)(BVDR-1177) ・Begin (北野井子)(1997/8/6)(AVDD-20251) ・薔薇と緑 (北野井子)(1997/8/6)(AVDD-20263) ・アクロの丘 (Dir en grey)(1999/1/20)(AMDM-6268) ・残-ZAN- (Dir en grey)(1999/1/20)(AMDM-6269) ・ゆらめき (Dir en grey)(1999/1/20)(AMDM-6290) ・cage (Dir en grey)(1999/5/26)(AMDM-6291) ・予感 (Dir en grey)(1999/7/14)(AMDM-6300) ・深紅の花 (工藤静香)(2000/7/14)(EJCJ-80001) ・Pearl (Shiro)(2000/7/5)(EXJ-1) ・LR-7 (BEAST)(2000/7/26)(AMCM-4491) ・chemical (BEAST)(2000/9/27)(AMCM-4494) ・Happy Driving (Revenus)(2000/8/23)(EXJ-2) ・VISION (BEAST)(2001/4/11)(AMCM-4529) ・千の瞳 (Revenus)(2001/2/7)(EJCJ-80003) ・Flower (Revenus)(2001/5/9)(EJCJ-80004) ・Believer (Laura Dawn)(2001/10/9)(48102-2) ・Before The Beginning (Aja Daashuur)(2002/2/26)(48103-2) ・seize the light (globe)(2002/11/27)(AVCG-71032) ・I’LL BE YOUR LOVE (DAHLIA)(2003/10/29)(COCA-50768) ・Scorpio (TRAX)(2004/12/15)(AVCD-30639) ・Rhapsody (TRAX)(2005/4/20)(AVCD-30719)




YOSHIKI オフィシャルサイト
http://www.yoshiki.net/

関連の記事

ドラムサイズ編集部

ドラムサイズ編集部

http://www.drumsize.com/

国内外の最新のドラム情報ドラマーニュースを配信します。


新着ニュース

Drumsize Twitter
ドラムサイズ.com

  • DrumSize.COM
  • セミナー情報.COM
  • ピアノ教室.COM